3月11日、日本は今まで誰も経験したことのない大震災に見舞われました。
自然の猛威の前にはわたしたちはなすすべもありませんでした。
そしてその震災は福島原発の大事故を呼んでしまいました。

その日までわたしたちは東京という街で、日々ぼんやりと暮らしていたのですが
あの事故の報道、映像、地域の人々の声、日本中の、とりわけ自分たちの住む東京の動揺を目の当たりにして
自分たちが暮らす街、国のことを、何も選んでこなかったことをつきつけられたきがしました。

ぼんやりしていても安全に暮らせていたのは、こんなぎりぎり危険の上でのことだった。
しかもその危険は直接自分たちに降り掛かる前にたくさんの人を犠牲にしてしまう。

わたしたちは本当に原子力発電所を抱えることができるのでしょうか?
その資格があるのでしょうか?


『いちめんなのはな』は、お菓子研究家の福田里香がこんな話を友人たちに話したことからはじまりました。わたしたちは、ふだん、きれいなお菓子のことや、愛する漫画のこと、かわいい男の子のこと、自分のほんのまわりでおこったちょっとたのしいことをおしゃべりしてきました。だから、ほんとうはこんな話、とても、すごく、できれば、苦手なのです。
でも、苦手だといままでごまかしてきた、わたしたちのような、“こども”が、はっきりと意思をしめし、参加すること、それだけでも、未来は変わるんじゃないかと思いました。


原子力発電はわたしたちが頼るには危険すぎます。『脱原発』そこに向かう国にしたい。
わたしたちは、政治活動をしたり、反原発のデモをおこしたり、誰かを糾弾したり、争ったり、仲間をつのったり、そういう大きな声を出すことはできません。
大きくかかげる強い理論も持ちません。
でも同じように声を出すのをためらっている誰かのために、“わたしもかんがえているよ”“わたしもみているよ”の合図としてtwitterのアイコンに“きいろいはな”をかかげようとおもいます。


黄色い花は菜の花です。
菜の花や、ひまわり、花を植えることで放射能に汚染された土壌を浄化できるという話を聞きました。ところが、実際は、花は放射性物質を自分の中 に高度濃縮してしまうので、「高放射性物質」となってしまうのです。それは厳重な後処理のうえ破棄されてしまいます。
そこにわたしたちのことが象徴されている気がしました。

その合図でとどまりかけた誰かの足を一歩ふみださせることができるかもしれません。
その合図をみつけるだけで、すこし勇気が持てる気がします。
大きな声は苦手だけど。
小さな声で、迷いながらも、「NO」といえる気がします。

文・やまだないと(漫画家)